2006年06月

ファントム(1)

「ファントム」!!
花組ファントムを観るにあたり、HDDに残しておいた宙組東京千秋楽
の「ファントム」を観て予習をしておきました。
だいたい「オペラ座の怪人」については、四季を観ても映画化された最
新版とやたら昔の1943年版とやらを観ても、なんの感慨もなかった私。
この間から同じことを言ってますな汗

1943年ってどんな年?ちょっとウキペディアに寄ってみましたら、山本
五十六が米軍機の攻撃を受けて戦死とありました。
そのような時代、アメリカ国民はオペラ座に住む怪人が恋する歌姫の
ためにあれやこれや恐怖を仕掛け、やがて悲劇が訪れるまでを、スク
リーン眺めて楽しんでいたんですねぇ。
第二次世界大戦中です。連合国優位の余裕でしょうか。

それはともかく、さらに予習で宙組を観ても。。。あわわわ。
そんなに再演するほどいい作品?
感性鈍いからなのか、あちこち読んだりしたところによると、涙なしでは
観られないらしい父と子の銀橋の場面でも泣けませんでした。

エリックに対しての父親の言葉が、ほかに言いようというものがあるだ
ろうにと、エリックは笑顔で受け止めていても観ているこちらの方が傷
ついて、オロオロしたくなるのが嫌だったからなのか。


ところがところが、どうしちゃったの私。

オサエリック、走っていって肩を抱いてあげたかったです。
感動するとこればっかり。。。汗

その銀橋の場面、涙が噴出してきて止まらなくなってしまったではない
ですか。
オサさんエリック。眼差しが優しくて、純な心が切なくて。
バッグからハンカチ出す余裕もなし。 涙、流しっぱなし。
下手に手でこすってしまうと、アイラインが無惨な状態となるので流れる
にまかせていると、後ろのお席からすすり上げる声が。気がつけば前も
横も泣いていました。


「あなたの 手で 安らかに眠らせてほしい」

地下の暗闇で音楽だけをささえに生きてきた子が、無垢な澄んだ声で
父親に歌うあまりにも悲しい言葉。
幼い頃に死んだ母親以外の誰がエリックを抱きしめてあげたのだろう。
母の愛の温もりを知っているエリックは、その温もりを与えることも知っ
ていたのに。許すことまで知っていたのに。
あまりにも不条理な現実に、彼の人生を思ってとうとう私も泣きました。

そもそも私は作品よりも演者で観るのだ、それによって好みが分かれ
るという偏った観劇人生を過ごしていることの自覚をせねばね。。。

フィナーレは、ビゼーの「真珠採り」のアリア「耳に残るきみの歌声」を
オサさんで歌い上げてほしかった。
これも何度も言ってます。書いてます汗

宙組の「ファントム」で、この場面に出会った時は鳥肌がたちました。
大好きなアリア!!
このアリアは誰版「オペラ座の怪人」だったか、エリックのテーマ音楽だ
ったそうですが、こんなにエリックにふさわしいアリアは他にないだろう
と納得でしたよ。

哀愁をおびた調べを耳にすると、それだけで胸がつまってきます。
エリックの亡骸が小船に乗せられて舞台後方に流されて行った後、彼
が生きた日々の余韻にまだまだずっと浸っているには効果絶大なフィ
ナーレナンバーだったのに。
変更になった「誰も寝てはならぬ」は、DVD化される時の著作権に問題
なしということなのかもしれませんが、この曲スケート以来食傷気味なんです。
小さなスーパーに買い物に行くと、未だに店内に流れていたりして。
それにオサコンで充分堪能しました。
娘役がまったく歌えてない「喋々夫人」のアリアもどうかと思いましたけ
ど、選曲が安易というか貧困すぎやしませんか。
これだけが残念。

英国での評は?

蜷川氏は、シェイクスピアの作品を英国で日本の役者たちが
演じるのは、英国の役者たちが歌舞伎座で「勧進帳」を演じる
ようなものと、おっしゃっていました。
「タイタス・アンドロニカス」は英国でどのように評されたのか、
新聞各紙のオンラインにUPされた下記レビューをご覧下さい。

 The Times        こちら→

 The Independent     こちら→

 Guardian Unlimited   こちら→

 Financial Times     こちら→

 The Daily Telegraph   こちら→

記事の内容は、PCの翻訳を使ってとことんこんがらがって
おります。
ディリーテレグラフ以外は、星の数で評価してありますので、
そのあたりから判断するしかない。。。私汗

同じ頃

蜷川演出「タイタス・アンドロニカス」、英国での初日が開けましたね。

情報が入ってくるまで、グローブ座でついこの間クローズした同タイ
トルの舞台の様子でも眺めていましょうか。

                     イメージはこちら→☆

演出のLucy Baileyはグローブ座の1998年来日公演「お気に召す
まま」の演出家らしいです。
何ですか!逆さ吊り!ショック 

こちらのエアロンはムーア人というより、ジャマイカ系の陽気な若者と
いった風情で、タモーラとレゲエで踊ってじゃれていそうですな。
悪巧みの二人には見えません~

ヤマちゃんたちがRoyal Shakespeare Theatreで「タイタス...」を
ご覧になる日、私は「ファントム」の客席でエリックの嘆きを訊いてあ
げながら涙にくれているはず。
オサさんの花組を思うと、心に悲しみの刃がつきささってしまう。
それも舞台を観て歌声を聴いたら吹っ切れるかもしれません。

期待の二作品。

その一。
dubさんからは、長尺物!のくせに!と切捨てられた「アフリカどこ
ぞの蜂」 笑い

上海を舞台にしたレイフ・ファインズの次回作「The White Coun
tess」も、無駄に長そうでありますが、どうなんでしょうカズオ・イシグ
ロの脚本。

         「The White Countess」のオフィシャルはこちら
         予告編はこちらでもご覧になれます。

ジェームズ・アイヴォリー監督とくれば、なんの疑いもなく脚本はルー
ス・プラヴァー・ジャブヴァーラなのだとばかり思い込んでいました。
カズオ・イシグロの映画化された名作「日の名残り」がそうだったように。

レイフはまたまた外交官。
dubさんおっしゃるところのどこぞの蜂では英国の外交官でしたが、
こちらの作品では米国の外交官なのですね。
米語を話す正統派レイフって ペンギン
そしてロシア人の伯爵夫人にナターシャ・リチャードソン。
日本軍の黒幕に真田広之。
他にヴァネッサ・レッドグレーヴと、リン・レッドグレーヴ姉妹。
母娘、姉妹の共演ですね。

米露日のこの人物たちが出逢うことになる1930年の上海とは?
大戦前の暗澹たる時代、それなのに阿片窟を思い浮かべて頽廃
都市としてだけしかイメージできないなんて、私、抜け落ちています、
日本と近隣諸国の近代史が。
子供の頃、葉巻とウィスキーを手離すことのなかった身内の長老が
話し出す話といえば、シアトルと上海と満州のことばかり。
子供達はまた始まったと逃げたものです。 あの時、じっと我慢で聴
いていたら、表に出てはこない興味深い歴史を知ることになっていた
かもしれません。

その二。
何度もtptのサイトを覗きにいっては、共演者は誰なのか?と、それ
ばかりに気を揉んでいますけど、ムフフ~とどうしたってにやけてし
まう三島由紀夫戯曲の「黒蜥蜴」。
デヴィッド・ルヴォー演出、 麻実れい主演びっくり

麻実れいでこれが観たい!と願う作品が思いつかなくなるほどに、
次々と実現されていくので嬉しい悲鳴をあげています。 
      

ナイロビの蜂

ナイロビの蜂」を見に行くけどと、たぷろうさんをお誘いしたところ
軽~く断られてしまったので、一人で近くのシネコンへ。
観客8人、おぉ盛況じゃないですかと安堵しながら席につきました。

いつだったか、観客私一人だけの時がありましたからね。
座席の陰に悪者がひそんでいないか、そのひそんでいる者に後ろ
から突然首でも絞められないか、気が散ってスクリーンに集中する
ことができなかったことを思うと、8人は家のリビングで見ている感覚
で良好でした。

ジョン・ル・カレの原作は確かに政治サスペンスでした。
がこの映画はほとんどラブストーリー。
妻の軌跡をたどっていきながら、夫婦愛を完結させるといった物語
になっていました。

冒頭、何も映し出されていない真っ暗なスクリーンから聴こえてくる
レイフ・ファインズの声に、久しぶりのレイフだ、寿美礼ちゃんの声に
も似て美しい。。と、しょっぱなからうっとり。
それもすぐに、アフリカ最大のスラム街を見せられることにより、心
が晴れることのない重苦しい現実が物語に絡んでいることを知るの
ですが、これは政治と企業の癒着、大国のもとで犠牲を強いられて
きた貧しい国との外交問題など、今もどこかでと思わせるドキュメン
タリーを見ているようでもありました。

レイフ・ファインズはガーデニングを趣味とする英国外交官。
その妻は、不正なことを嗅ぎだしたが最後どこまでもくらいついてい
く活動家。レイチェル・ワイズが強靭な意志を持つ女性をチャーミング
に演じていました。

この夫婦の魂がやっと一つに結びつくところであるトゥルカナ湖の美
しさが忘れられません。
アフリカの乾いた大地の果てに忽然と現れる湖。
水鳥の群れの飛び立ちは、二人の魂の昇華のようにも思えました。
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ