2009年01月

チャイナドール

ディナーショーで「チャイナドール」を歌い終わった後(だったか?)、
オサさんはテーブルの上(椅子の上だった?)にある赤いドレス(だ
ったよね?)のチャイナドールを手に取り、愛おしそうに(哀しげだっ
たか?)見つめていた。
どうしてこうも記憶曖昧なのか。歳だから。

チャイナドレスを着たお人形のことを、チャイナドールと言うのだと
ばかり思っていた。違った。

顔と頭の部分が釉薬のかかった陶磁器で作られたお人形のことだ
った。ボーンチャイナみたいな、陶磁器という意味のチャイナだった
のね。

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画像はどこかのサイトから無断借用、すみません。

19世紀にドイツで作られて、多くはアメリカに輸出されたとネットで
読んだので、eBayに行ってみたところ出てくる出てくる。
ドレスは家庭で作られたのか素朴なものがほとんど。

説明に「祖母が子供の頃、移民船でアメリカに渡ってくる時に抱い
ていたお人形だったと訊いています」とか「亡くなった祖母の古い
トランクの中から出てきました」 うーーん!ロマンティック!

移民船のデッキから、近づいてくる自由の女神を眺めるチャイナド
ールを抱いた怯えた目をした少女。その少女をしっかり抱き寄せる
母親。
しばし空想にひたる。アンティークの醍醐味。


初日が近づき、我が家のBGM は本格的に「マルグリット」となる。
朝から晩までとどまることなく。
家人が帰宅した時だけ消す。

にどと帰ることのない胸をふるわせた日々に

やまちゃんがマラケシュに行くと訊いて、リュドヴィークがオリガに
別れを告げた城門の絵葉書でお便りちょうだいと所望した。
旅先では何かと忙しいでしょうから無理しないでいいのよ、とは言
い忘れた。

昨日届きました。遠いアフリカの地から。

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わき腹を刺されたリュドヴィークは、この石壁にもたれるようにしな
がら、「(幸せは)すくなくともここにはない、この地上のどこにも」の
言葉を残して砂漠に消えていったのだわ。
お互い声が届く位置にいながら、オリガの目にリュドヴィークは見え
なかったのだろうか?との疑問が未だにもやもや。
わざと見ないふりをして、私たちのリュドさまを見殺しにしたのでは?
恨めしくもあるあの城門。
やまちゃんは手でふれてきたのだろうか?


ところが文面には「この門かな?」。
これだけ。。。これだけ。
おおいなる空白の下にサインは確かにある。
空白部分は炙り出すのか?照明にかざして読み取るのか?

きっと、目一杯旅を楽しみホテルに戻るとバッタンキュだったか、
何枚も旅報告を書いているうちに力尽き果てのどちらかだと想像する。

2009年の観劇はじめ

2009年はチェとチェで始まる。。はずが、なんてことはない大劇場
「太王四神記」が観劇初めとなったのでした。
そして、掟としたひと公演2回の観劇をもうすませてしまった。
あと1回ぐらいみてもいいかな。けど時間的余裕がない。

壮さん、野村萬斎みたいでときめくわ。
客席で逢った壮さんファンに告白したのに、こんなのばっかり続い
たら見捨てるからとご立腹。
青っ白い顔に、あのお髭はなんという。。。なまずひげ?
どこかの宮様に見ていただきたいほどのお似合いよう。
舞台を降りれば見目麗しい女性、ほんと宝塚って酷なことをする。
でも似合っちゃってるんだから。ときめいちゃうんだから。

大空祐飛君、私結構好きなのだ。
以前星組にオスカルで出演した時、余ったチケットをゲート前で
ゆうひ君ファンだという制服姿の高校生に譲って並んで観た。
緞帳が下りたあと、ゆうひ君良かったね良かったねと肩を抱き合い
喜び合ったのなんのって。
観るまでは気が重いベルばらで、自分のチケットもさばいて帰って
来ようかと思っていたのに。
それに、麻実れいのファンであったというゆうひ君の母上との連帯感、
勝手に感じて身近なの。←まったく勝手なやつ。

ホリゾントへ向かって走り去る後姿に惚れ惚れ。そこか。

韓流は苦手。TVドラマの原作を知らなくても、冒頭まっつの怒涛の
説明に息急き切ってでも追いついていきさえすれば、とっても楽しめ
る舞台でありました。

が、フィナーレの後、緞帳が下りてまだ床に着かないうちに動き出す
舞台上の生徒さん、動く足元が見えてしまって、今までの舞台の美し
さが台無しよ。

春野寿美礼ディナーショー Celebration もっと

28日のディナーショーは小豆と一緒。
終了後に言ったもんです。
「オサちゃんファンは、男性とのデュエットを受け入れられるものなの?」
イヤな子ね。
ぜんぜん平気。男は汚い。でも平気。

「双頭の鷲」で、まだ30代の麻実ターコさんと堤真一との長~い長~い
キスでは、真一の肩をつかんでひっぺがしたかった(どこの方言?)。
あの頃の私は少女だったのよ。

オサさんと男性とのデュエット、優しい眼差しを交し合ってはいても、コ
ートドレスに、ずぼっと顔がかぶさってしまうような装飾いっぱいの大き
な帽子での大武装。
ファンへの刺激を極力抑えてくれたのか? まったく平気。
むしろ男性の声とのハーモニーに聴き惚れたぐらいです。
ちょっとドッキリしながらね。
でもオサさん、相手が娘役だった方がセクシーなんだな~とかは思う
わけです。

エリックの森での絶叫。
イオカステの、わが夫がわが息子だったと知った時の絶叫。
そして、このDSでのパダンパダンの絶叫。
これが私の耳に残る3大絶叫となり、中耳も内耳も嬉しがって大変。

さらに絶叫のあとオサさんは、心をかきむしるのは あの足音よー!♪
シャウト!で、ステージに倒れこむという壮絶さ。

ピアフはパダンパダンと軽く歌う。過去を受け入れ後悔なんかしてい
ないと、彼女の人生そのものを歌うように。
オサさんは恐怖におののく女を演じながら歌う。
人生の経験の差。このパダンパダンは難しい歌なのだ。

二回のDSで一番幸せを感じた瞬間は、とかげ~♪で、わたしを女に
したような~♪と歌いながら、銀橋の明智さんみたいに右膝をまげて
心持ちクネ~としたのを見ちゃったことだったりします。
あ!明智さん、お逢いできましたね。

春野寿美礼の過去も今も、ごちゃ混ぜで愛しているということで。
今年もよろしくお願いいたします。

新春

あけましておめでとうございます。

昨年末、物置化していた和室を10年ぶりぐらいに和室として甦らせ
て大満足で新年を迎えたのでした。
とにかく取敢えずこの部屋に放り込んでおこう的な物たちで溢れか
えり、向こうの窓まで辿り着けないひっくり返りようだった部屋。
捨てりゃぁいいんだ、捨てちゃえば、と片っ端から粗大ゴミへ。
我が家に床の間があったことなど忘れていた。あったのね。

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まだちょっと整理しきれない物が積み上げてあるのが隠し切れずに
写っているけど、せっかく出現した床の間、お掛け軸でも飾ってみたい。
いいのかしら? めでたく新年を迎えたというのに、戦で逃げ惑う母子
の図。

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母は常盤御前だと思う。懐に抱かれた赤子は牛若(後の義経)だと思う。
平治の乱で夫源義朝を殺され、子供たちをつれて雪の山中、どこへ行
くのか。。。悲しい絵だ。
冬仕様のお掛け軸はこれしかないのだから、これにしておこう。


その後の母子の運命は?
「新・平家物語」の牛若丸が別れた母を慕う場面で、電車の中にもかか
わらず高校生の私はしゃくりあげて泣いたのですよ。
新春にふさわしい絵柄ではないけれど、いろいろと思い出てんこ盛りで
もあるワンシーン。

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