追ってハドリアヌス

前回ブログをUPしてベッドに入って、持ち込んだ須賀敦子の『ユル
スナールの靴』の頁をパラパラと繰っていると、指先がとある文章
であれ?というように止まった。

ハドリアヌス帝を追ったマルグリット・ユルスナール。その後を
須賀敦子が追ってヴィラ・アドリアーナの遺跡を訪ねた時のことだ。
皇帝が晩年引きこもったといわれている「海の劇場」について、
『これが何世紀ものあいだ「海の劇場」と誤って称され、近年、のち
の研究者たちが「島の離宮」と呼びなおすことにした。。。』
とあるではないか。

NHKBS『ローマ皇帝の歩いた道(後編) 末路を見つめたハドリアヌス』
でナレーターの柴田祐規子はたしかに「海の劇場」とよんだ。
この番組は初回放送が2004年とはいえ、1996年に出版された
『ユルスナールの靴』の時点で「島の離宮」と呼びなおすことにした
とあるのに、呼びなおしていないではないか。

もう眠れない。
今度はノートPCをベッドに持ち込み、ヴィラ・アドリアーナの公式サイト
へといってみた。

   こちら⇒☆  なんと美しい、ゆめのあと。

Teatro marittimo とある。
公式の記述がこうなのだから「海の劇場」でよいのではないのか?

ひっかかりを見つけると眠れない。
ヴィラ・アドリアーナを訪れた方、もう一度案内書をだして読んでみて、
私に教えてほしい。
私に安眠をください。 


287

ハドリアヌス帝が愛したアンティノウス。
アンティノウスの彫像の中では、ルーヴル美術館にあるまだ少年の
面差しを残したこの横顔が好きだ。

さまよえる いとおしき魂よ

ハドリアヌス帝が死の床で作ったといわれている詩文のいとおしき
魂とは、死にのぞむ皇帝みずからの魂ではなく、ナイル川で溺死し
たまだ10代だった青年アンティノウスの霊への呼びかけではない
かと、須賀敦子は『ユルスナールの靴』で書いている。

私はそうだとばかり。。。俗っぽく考えてはいかん、などと打ち消して
きたけれど、やっぱりあれはアンティノウスよね。


拍手を有難うございました

 AZUママ
  いや~非常にすさんじゃいますよ。
  予定が組めないというのはかなりのストレスだわ。
  そのストレスを踏んづけて、戦うの。
  AZUママだったら勝てるわよ。って勝ち負けの話か
  もうすぐメイちゃん。咳がすごくて。行けるのか? 

    

チボー家

突然『チボー家の人々』を読みたくなった。
しかし白水Uブックスといえども全13巻  じゅう~さんかん
こんなに長編だったのね。
ただひたすらサクサク読んでいった若い頃の気力、今はもうないわ。

それではと、中学時代の図書室で大人気だった『チボー家のジャック』
の再読といこう。クラスのほとんどが夢中になったジャック。

高野文子氏の装丁によって新装復刊されていました。

240

Amazonで、「よく一緒に購入されている商品」表示につられて右側
の『黄色い本』(高野文子)も購入してみた。
マンガは眼がチラチラとちらついて苦痛だぜ。
絵も好みじゃないけれど、主人公のジャックへののめり込み具合が、
ジャックと出逢った時の私やクラスメートたちと笑っちゃうぐらい似て
いるのが懐かしい。一気に当時へとタイムスリップ。

 AZUママ 初舞台の口上の日程が出たのですね。
  私の観劇日は残念ながら別の日でした。最近の私はあれにも 
  これにも行けなくて、この日曜は『虞美人』なのですが恐れてます。

 たぷろうさん マッキンのブーリン家を憶えてないとはトホホだわ。
  たしかBBCのTV版。字幕がなかったので事の次第がいまいち
  理解できなかったのよ。
  T川さんにばったりお逢いしましたよ。溌剌!キラキラでした。

ハンサムウーマン

まぐろ牧場を探す過程での検索ヒットで、偶然に出会ったとある
ブログ。
この街を知っている。この人物も知っている。いつだったか私も
その場所にいたような。デジャヴ。

なんのことはない昨年読んだ「南ポルトガルの笑う犬―アルファ
ローバの木の下で」の著者青目海さんのブログだったのだ。

80年代、森瑤子のエッセイにはハンサムウーマンという言葉が
よく出てきたのを憶えている。
生き方の美学とでも言ったらよいのか。

「南ポルトガルの笑う犬―アルファローバの木の下で」に登場する
国際色豊かなきもったま母さんのような女性たち。
人生の旅路の最後に、はたまたその途中にふと翼を休める場所
を求めるために南ポルトガルの漁師町に舞い降りたのか。
ああこの人たちも、とびっきりのハンサムウーマンだなぁ。

優先順位

いつもの某氏に頼んでおいた梅芸「ファニー・ガール」のチケット
引換証が届く。おやおやドラマシティでの映画の上演券も同封さ
れていたわ。
まだまだ先のことだとゆったり構えていたけれど、赤坂ACTは初日
が来週ではないですか!

1月は、しばらくご無沙汰していた大劇場も予定にいれたので、「ハ
プスブルクの宝剣」のチケット引換証も届いているのだ。
やまちゃんが、主人公というのがね、そりゃぁもうターコのヴィットリ
オみたいに独眼で。。。と言うので、お!そうなのかえ~ それだけ
訊いて即原作を取り寄せてみた。
が、主人公エドゥアルトがオイゲン公(だったか。。。?)と出逢った
あたりまできて、今、私が読みたい本はこれではないとバタリと閉
じたのよ~
このてのお話は、なぜか今は落ち着いて読めない。


それまで読みかけていたマルグリット・ユルスナールの「目を見開
いて」は、家の中で室内を移動する時でさえ片時も手放すことがで
きないでいるというのに。

ドイツにお住まいの方からのメールを引用するお許しをいただける
なら、「この国の冬の喜びと苦渋、罪と癒し」に、突き動かされたか
のようにAmazonのカートに入れっぱなしだったのをレジにすすめ
て取り寄せたベルンハルト・シュリンクの「朗読者」。

翻訳されたのをみすず書房の出版ダイジェストで知り、発売される
日を待っていたロラン・バルトの「喪の日記」。
今、私のかたわらにある。いとおしい。

ユルスナール、シュリンク、バルト、しばらくはこの三冊の平行読み。

そして、Sさまから送られてきたアントニオ・タブッキに関する記事と、
著作「イタリア広場」の評。タブッキは年明けに読もう。


そうこうしているうちに、「ハプスブルクの宝剣」はいきなり舞台でと
いうことになりそうだ。
CSニュースのお稽古場の様子を、スローで送りながら紅ゆずるを
探してみた。いったいどこにいるの~?
友人にメールでお尋ねして、やっと見つけたベニー。
ダンス頑張っておりました。

不謹慎ながら

母の部屋にあった週刊新潮の「墓碑銘」で、庄野潤三氏の訃報を
今頃知った。

阪田寛夫氏と親しかったからか宝塚がお好きで、何度か劇場で
お見かけしたこともあった。
そういえば、阪田氏のお嬢さんのなーちゃんを、大浦みずきと名
づけたのは庄野氏ではなかったか?
著書には、観劇される日を心待ちにされている様子や、ご贔屓ス
ターへの差し入れをご夫妻でわくわくしながら選ばれたり、ファン
クラブの代表さんとの会話までも綴られて、それはもう微笑ましく
読ませていただいていた。

須賀敦子がミラノに住んでいた時代、日本文学をイタリアに紹介す
るにあたり、庄野潤三氏の作品のなかからも「夕べの雲」をイタリア
語に訳している。
それは「Nuvole di sera」として、1966年にフェッロ社より刊行さ
れた。イタリア人の日本文学通は、60年代には庄野文学にふれて
いたのだ。

戦後派作家の後に続く「第三の新人」と呼ばれた作家たちも、次々
と鬼籍に入られていく。



吉行淳之介など好きだったなぁ。
著書よりも容姿が好みだったりするのだけど。
淳之介に森茉莉が絡むと、もっと好きになった。

シャルル・ド・ゴール空港がまだ開港していない時代、かなり昔よね。
オルリー空港(だったと思う)で、恋人のMがあっちから、妻子のいる
淳之介がこっちから走りよって抱き合い、キスをしたという話には、
「おっ、やりますな」と嬉しくなった。
別に不倫を推進している訳ではありません。

日本人が、いくら外国の地だからといっても、人前でキスなんかしな
い時代によ。
男と女、シャバダバダ~♪でも流したい光景だ。

いつの間にか、あっちから駆け寄って来るのが私にかわっていたり
して。まぁ相手がMだったからポイント高い。
Mじゃなかったら、たとえば銀座のクラブのママとかだったら、当たり
前にあり得そうでふ~んで終わるところだった。

そして「レオニー」

「青豆」「天吾」「青豆」「天吾」「青豆」。。。
読み出したら止まらない。夜が明けてきても読むのを止められない。
「1Q84」春樹の世界。
リトルピープルとは?空気さなぎとは?。。。そんなことは頭の片隅
に追いやって、青豆と天吾のファンタスティックな恋物語として読ん
で楽しんだ。


「レオニー」がクランクアップしたとの情報に、読み出したのが「イサ
ム・ノグチ」(ドウス昌代著)。
レオニーとは、イサム・ノグチの母親であるアメリカ人のレオニー・ギ
ルモアのこと。

渡米中の詩人ヨネ・ノグチ(野口米次郎)とニューヨークで出会い、イ
サムを私生児としてロサンゼルスで出産したのが日露戦争勃発の
1904年、明治37年だ。
レオニーを愛しているのかどうなのか煮え切らない態度の米次郎は、
イサムが産まれる数ヶ月前に故国日本に帰ってしまっていた。
出産の翌年、従来からの白人と有色人種(黒人)の混婚禁止に、蒙
古系との混婚禁止も加わる。

レオニーはイサムを日本で、日本文化に触れさせて育てようと考えた。
テディ・ベアを抱いたイサムを連れて、ヨコハマに向かう太平洋航路の
3等の乗客となったのが1907年。明治40年。
カリフォルニアでは、日本人排訴運動が激化した年だったらしい。
これから59歳で生涯を終えるまで、レオニーの波乱の人生が始まった。

ウィリアム・ブレイクの詩を少女時代から愛好したというレオニー。
おお、思い出すのは「ファントム」のエリックのお母さん。
そして、ブレイクの詩集を抱きしめて銀橋をいくエリックの姿だ。涙涙。
見えるわ見えるわ、あの時の春野寿美礼。

さてと、このレオニーの生涯を描いた日米合作映画で、メガホンをと
ったのは松井久子監督。

  詳細はこちら⇒☆

レオニーを演じるのは、英国のエミリー・モーティマー。
ついこの間レンタルしてきたウッディ・アレンの「マッチポイント」で
ジョナサン・リース=マイヤーズの妻になったアッパー階級のクネクネ
した女ではないの。
夫の秘密も知らないでべらぼうな無邪気さが怖ろしかった。

0ecb8fde.jpg


それにしてもイサム・ノグチの、世界をまたに駆けた華麗なる女性遍歴。
フリーダ・カーロとの、夫の目をぬすんでの恋愛とか、もうとにかく
もててもてて女性の方がほおっておかないのね。


その昔、実家の祖母の部屋は、廊下からの扉を開けるとちょっとした
空間をはさんでその奥にあった。
空間のコーナーには、マッキントッシュ様な背もたれの高い椅子が2脚
並べてあり、祖母は自室に入れたくない人とはそこの椅子で話すのだ
った。
頭上にはイサム・ノグチ作の灯りがぶら下っていた。

あの幸せの日々

最近の私には、新刊に飛びつきたいほどの思いにさせてくれる
作家がいない。

ねじまき鳥よ早く飛んで来い!来い!
あの時は待って待って、どんなに待ち焦がれたことか。
新刊を待つ熱い思いは、村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」で
最高潮にたっした。
3巻が書店に平積みされた日のことは忘れられない。
フォーサイスの「オデッサ・ファイル」は、ケネディが暗殺された
時間に自分が何をしていたか、数十年が経過した後も米国民の
ほとんどが記憶しているというような文章で始まる。(相変わらず
曖昧デス
ねじまき鳥が飛んできた日が、私にとってのそれ。

次の作品の発売もそれはそれは楽しみに待った。
「スプートニクの恋人」までは。
その後、春樹熱はぱったりひいた。
なんだか飽きちゃったのね。
春樹を読む幸せの日々は「海辺のカフカ」の頁を開いても、戻って
は来なかった。


そして、ついこの間、春樹5年ぶりとなる長編が発売された。
予約の段階で増刷されたと話題の書き下ろし「1Q84」。
なんだかんだ言いながら私、予約しといたんだな~
新しい本のにおいをかいだだけで、まだ読みはじめていないけど。
撫ぜてはあげた。
今夜あたりからそろそろいってみるか。
時を経ての、こっちも歳をとっての、春樹の世界。

ん?頭の中でオサさんが歌う「Melodramma」のフレーズがリフ
レインしてないか?
 あの幸せの日々 もう帰らない~♪

少女だったから

オサさんも戻ってきてくれたし、これで心おきなく読書にでも集中する
ことができるかしら? 秋の夜は長いし。
ベッドのまわりには、途中で投げ出した積読本が数年に亘って放置。
それでも何時の日にかじっくり読みとげたいと厳選した本たちなの。。。
と言えないところが辛い。
ここ7・8年、かるく書評だけ読んで買う気になって利用するのはAm
azon ばっかり。
書籍を書店で手にとって、パラパラと内容や文体を自分の目で確認し
てから読むかどうかを決めるということがなくなったので、好みに合わ
ず途中で読書放棄。
ようするに無駄買いのなんて多いことかと、反省しながらもつい便利
なAmazonへ行ってしまう。遊んでしまう。長居してしまう。

昨夜、たまたまTVをつけたところ、ロシア語講座の番組かなにかで、
現代ロシアの作家へのインタビューが流れていました。
私の中のロシア文学といえば、トルストイなど帝政時代の作家たちを
読みふけった学生時代なればこその気力と、ソ連時代のソルジェニー
ツィン、ちょっと遡ってパステルナークの話題作を数冊読んだだけで、
ペレストロイカ後の作家をまるで知らない。

そういえば「カラマーゾフの兄弟」を雪組がするんですね。
長男はミズさんでしょうが、陰気な無神論者イワンはゆみこちゃん?
金髪サラサラ美青年のアリョーシャは?
その昔ラジオで「グルーシェンカは~♪どうのこうの。。。」という歌を
聴いた時はびっくりしたなぁ。
どうもカラマーゾフ一家を歌った歌らしかったですが、なんじゃありゃ?
でした。

話を戻して、TVでインタビューを受けていたのは、リュドミラ・ウリツカ
ヤという初老の女性作家。
著書「それぞれの少女時代」について、スターリン時代を生きる少女
たちを、鮮やかでリアルに描写できる秘訣はなんでしょうの質問に、
「私もかつては 少女だったからよ」。おちゃめにお答えになられた。
即この本、読もう!
私もかつては少女だったんだ!忘れていたけどそうだったんだ!

さっそくAmazon にて注文。
この作家を国際的に有名にしたのが「ソーネチカ」だと知り、これも注文。
さてさてこのお買い物の結果は?

ノスタルジー

あの時。。。あの時と、過去にひたるばかりの私に家人は言ったもの
です。
ナボコフだな。追想に生きてるというわけだ。

そうだよ。記憶の迷路に陥っちゃって大変。
彼の作品「マーシェンカ」における狂おしいまでのロシアへの郷愁を、
今なら我がことのごとく共感できるというもの。
だって、何を記憶したいか選ぶことができる。過去が心を慰めるのは
そのせいだ。。。と、作中の人物に言わせていたでしょ?

ではウラジミール・ナボコフでも読んでみようかと、彼の作品を探しに
出掛けた書店で、ふと目に入ったのが 「青年のための読書クラブ」。
桜庭一樹。
直木賞受賞のニュースの時に、この方が女性であることと、ライトノベ
ルの読者の間では知れ渡っている作家であることを知りましたが、そ
のほかの知識はなし。ナボコフやめて購入。

帯からの一文。
『東京・山の手の伝統あるお嬢様学校、聖マリアナ学園。校内の異端
者(アウトロー)だけが集う「読書クラブ」には、長きにわたって語り継が
れる秘密の〈クラブ誌〉があった。そこには学園史上抹殺された数々の
珍事件が、名もない女生徒たちによって脈々と記録され続けていた』


少女の時代へのノスタルジー。
王子さまを求める少女たちの集団ヒステリーに、学生時代を思い出し
ニンヤリしてしまう。
少女の一人称の「ぼく」に、いたいた私の高校時代にも「ぼく」と言って
いた女の子が。
みんな当たり前のようにその子のことを○○君とか○○さまと呼び、憧
れの君に仕立て上げていたけれど、この作品の第一章のようにあれは
誰か他の少女によって演出されたものだったとしたら?
当時、舞台や映像でとっても人気のあった役者の妹さんでしたっけ。

桜庭一樹の文体がこの作品に関してだけ独特なのか、いずれ他の
作品も読んでみようと思っていますが、読んでいる者に向かって飛ん
でくるナイフのよう。
壁際に立つ女を的にして、ナイフを投げる大道芸、読書中ずっとその
的になっていた気がしていました。
突き刺さるナイフが身体すれすれの絶妙な位置だったり、皮膚をかす
ったり、物語と相俟ってなにかしら倒錯した感情を呼び起こされる文体
でありました。

青の都 サマルカンド

今日届いた絵葉書。
どこまでも深い青、地球が吐き出す塵にまみれていない澄みきった
空を、仰ぐように威風堂々とそびえるドーム。
ドームを飾る、イスラム建築独特のもざいくタイルのこの青は?
もしかしたらと文面をみると、やっぱり建物はサマルカンドのグーリ・
アミール廟でした。

 今サマルカンドに来ています。

差出人はヤマちゃん。
そういえば、シルクロードの旅に行ってくるからと訊いたおぼえが。

だいたいヤマちゃんという人は、旅に出ているかどこかの劇場で観劇
しているかで、自宅に電話をしてみると本人はほとんど不在。
いつだったか電話にご主人が出られて
 「今、ちょっと出ております」
たまたま近くのコンビニにでも行っているかのような素振りだったこと
がありましたが、あの時は
 「チチカカ湖に行っていた」 というから、うへぇ~となるのです。
え?それって何処?
アンデス山脈のあたりだという。
ヤマちゃんにとっては、南米もその辺感覚。

それでも何年か前に、豆満江の中国側の川辺で、対岸の北朝鮮の
人に手を振った時には、さすが近くて遠い国を実感されたのだとか。

ヤマちゃんのシルクロードの旅のコースは、逢ったときに訊くことに
して、そうそうソロプチミストのチャリティーのゲストでターコさんが
大阪に来られるそうですよ?


武田百合子の「犬が星見た」は、冷戦時代の旧ソ連のタシケント、
サマルカンド、ブハラ、トビリシ、ヤルタ、モスクワ、北欧をまわる旅
行記でした。
旅の仲間には銭高組の当時の会長もいらして、80歳をこえる銭高
老人を見つめる百合子の筆は絶品!たちまち銭高老人のファンとなり
銭高組の建築現場の前を通りがかった時には、現場で作業をしている
人たちに話しかけたい衝動に駆られたりしたものです。
他の誰が書いた旅行記も、味気なく物足りなく感じさせてしまう百合子
の天真爛漫で独特の感性に惹かれて、読み終わってはまた旅のはじ
めに戻ってを繰り返して、何度紙面の旅を楽しんだことか。

ヤマちゃんからの絵葉書で、百合子をまた読んでみようとの思いが
ふつふつと湧いてきたのでした。

今年最後のAmazon

11月にBS Asahiにて放送されました「イタリアへ・・須賀敦子 静か
なる魂の旅」が、再放送されます。
前回の放送を見逃された須賀さんの読者の方、また須賀敦子を
ご存知ない方、どうぞご覧くださいね。

  2007年1月3日 19:00?20:55  BS Asahi



お正月休みに読もうとAmazonに注文していた白州次郎関係の数冊
と、宮田鞠栄氏が編集者時代に担当された作家の思い出を綴った「追
憶の作家たち」が届く。
我が家としては今年最後のAmazon便。
玄関をあがったところでパッケージをバリバリと破き、手に取った「追憶
の作家たち」の埴谷雄高の頁に目を通していたら、涙が噴出してきた。
頭の上ではダスキンさんが吹き抜けの照明とガラス掃除をして下さって
いるというのに。

「僕が生まれてきてよかったと思えるのは、武田泰淳に会ったことだ。
これは奇蹟に近い」
そんなにまで泰淳への思いは深かったのか。

泰淳が死の病についた時、その病名を泰淳の妻の百合子が埴谷雄高
に話して訊かす様子を、百合子が何かに書いていた。
埴谷さんは両手で顔を覆ってしまい声を殺してしばらく泣いていた。
長い指の間からは大量の涙が流れていた。。というような文章だったと
思う。

戦後派というのか、あの時代の作家たちが次々と亡くなられていく時に、
長生きをされた埴谷雄高は追悼文を書き旅立ちを見送ってこられた。
みんなが死なないようにしないと埴谷さん「死霊」の続きが書けないわね
と言っていた百合子も亡くなり、この時も埴谷は長い追悼文を書いた。

それぞれ戦争を体験し敗戦の世を生きて、長い年月にわたって交流して
きた仲間の死を、老いた身で受け止める思いはどのようなものであった
ろう。

著者が編集者だったからこそ知り得る晩年の埴谷雄高にふれるのは、
出版社の内情を知らない私だけではなく、著者自身が最も辛かったに
ちがいない。

サバ

BS Asahiの番組「イタリアへ・・須賀敦子静かなる魂の旅」を、こちらで
お知らせした当の本人が、予約録画に失敗して見ることができなかった
なんて、ああドジ!
DVDレコーダーで予約録画の設定をしただけでは駄目なことを、今回
はじめて知りました。チューナーの方もBS Asahiに合わせておかなくて
はならなかったらしい我が家の不可思議な接続汗

BS Asahiサイトを見ると、再放送の日は決まり次第お知らせ とあります
から、ご覧になれなかった方はその時を待つことにしましょうね。


須賀敦子を知らなかったら、ウンベルト・サバを知ることもなかっただろう
と思うのです。
かつてハプスブルク帝国に属したトリエステの地で生き、ユダヤの血が
流れるサバの詩から、こんなにも彼の人生に思いを馳せることになるとは。
日本とイタリア、異なる二つの文化のなかで生きてきた須賀敦子が、サバ
の人生の痛みに共感を覚えるのは想像に難くないことです。須賀敦子の
サバ。 私のサバは、須賀敦子が書き残したものから知るサバではあるけ
れど、それで充分だと感じています。


 

須賀敦子の魂の旅

 
 11月5日(日)夜8:00?9:55 BS Asahiにて
 「イタリアへ・・須賀敦子 静かなる魂の旅」が放送されます。

  詳しくはBS Asahiの番組紹介で →☆ 

1週間、好きなところで過ごしておいでと時間を与えてもらったら、
迷わずトリエステに行くだろう。
須賀さんの著書「トリエステの坂道」に綴られていたように、私も
ミラノ・リナーテ空港を飛び立つ空の便の乗客の一人となって。

トリエステでは、ウンベルト・サバの生きた軌跡を探して歩く須賀
さんが見たものを求めて、日がな一日アドリア海を見下ろす坂の
町を歩き続けたい。

「ウソゥ!よく言うよ。歩ける はずがないだろう」 の声が東の方で。
西の方でも。
たしかにデパートのワンフロアーを歩き廻っただけで疲れてしまう
虚弱体質。。と、言わせてもらっておこう。



わたしを離さないで

「ファントム」千秋楽後に、もしかしたら。。の発表でもあった時には、
気を紛らわすためにカズオ・イシグロの久しぶりの新作に没頭しよう
と、買い置きしていた一冊。

それも来年度のラインナップ発表を見た時点で、お!これならここで
サヨナラの発表はないだろうと、勝手な安堵感を抱いて(といっても、
近いうちにやってくるであろうことに変わりなし。
「今来るのなら、後では来ない。後で来るのでなければ、今来るはずだ。
たとえ今来なくとも、やがては必ずやって来る。覚悟がすべてだ」
しばらくはこのハムレットの心境そのままの日々が続くことに変わりなし)、
私にとって「日の名残り」「わたしたちが孤児だったころ」に続いて3冊目
のイシグロ作品である「わたしを離さないで」を読んだのでした。

昨年刊行と同時に英米でベストセラーとなったそうなのですが、キリスト
教圏で関心をもって読まれるテーマであるだろうと思うのは、クローン羊
のドリー誕生はイギリスでのことでしたし、なによりも神の摂理という問題
に関わることが、もうこんなところにまできてしまった生を描いている衝撃
によるからか。

そう、もうこんなところまできてしまった生を生きている登場人物たち。
それでも希望があって夢をもって愛を感じて生きている者たち。
その彼らが知る現実、自分の生、役割。
やがてそこへゆくのだと知って生きていく怯え、不安、絶望。

行き着くところが見えないから生きていけるようなものなのに。彼らは。。
閉塞感がいたたまれなくて泣き出したくなるけれど、作中の風景に映画で
見てきた英国の田園をかさねてふと心がなごむ。
この風景の中を車で走りながらゆく主人公キャシーも、かつての仲間たち
と同じように、やがてやってくる生の終わりを「受け入れる」のだろう。

どんな人の人生にも当たり前にあると感じているもの。
自分を産んでくれた親であったり、将来の夢や希望であったり。
それを持つことができず、断ち切られてしまう人生を受け入れて生きてい
る人物の、今は静かなたたずまいに打ちのめされる思いで、読み終えた
のでした。

「文学界」に掲載されたカズオ・イシグロ氏のインタビューを
こちらで読むことができます。  →☆

ネタバレは嫌!と思う方はリンクを飛んで行っては駄目ですよ~汗
イシグロ氏、内容についてかなり詳細に語って下さってます。

さがしもの

この間から探し物をしなくてはの気分が頭の片隅にこびり付いている
ものの、なにを探すのかをさっぱり思い出せないでいたのが、今朝目
覚ましのブザーを止めていた時にふいに思いつきましたよ電球

百合子だ!武田だ!

何週か前の週刊文春の書評「丸山眞男~リベラリストの肖像~」に
下記のような記述がありました。

『序章の末尾では、竹内好と武田泰淳異国の地にて、酒を呑みなが
らそこにはいない丸山眞男のことを語っている様子を、武田百合子
が記した文章が引用されている。。。』

これを読んで、竹内好と武田泰淳の傍らに武田百合子がいて、それ
も異国の地。。。これはこの三人でツアーに混じって旧ソ連から北欧
を旅した時の百合子の旅行記「犬が星見た~ロシア旅行」の中の文章
に違いない。
あの百合子が、いったい何を書いていたのか? 
すぐに「犬が星見た。。」からその部分の文章を探すつもりだったのが、
文春の他頁を読んでいるうちにすっかり後回しとなり、ついに探し物が
何なのかを忘れてしまっていたというわけね。

ひさしぶりの百合子、いち時期常に枕元に置いて寝るときも一緒だった
「犬が星見た~ロシア旅行」を手にとって、そういえば確かに丸山眞男
の名前をこの本で見た記憶が。。。ロシアを旅しているときではなく西側
に出てからだったような。。と、いきなりストックホルムでの3人の様子を
辿ってみようと頁を開くと、着いたばかりのホテルを出てお酒を買いに
街中を歩きまわっている疲労を知らない百合子に出くわしました。
相変わらずエネルギッシュな百合子。

ストックホルムの雑誌店で、いそいそ気分ながらも落ち着いて吟味しや
っとのことで買ったポルノ雑誌を、どうやって日本にもって帰ろうかと苦
慮している竹内好と武田泰淳がおかしい。二人のインテリも百合子に
よって形無しにされているな。

ここでの最後の日は一ヶ月に亘ったこの旅行の最終日。
三人が荷物をホテルに預けて出かけたチボリ公園で、池の向こうをゆ
っくりした足取りで歩く紳士の横顔を見た百合子が「丸山さんに似てい
る。。。」と呟いたことからはじまった竹内好と武田泰淳による丸山眞男
語り。
これがようやっと見つけ出した探しものであります。

「丸山はいまごろどうしているかな。。。俺はいまビールを飲んでいい
気持ちだあ」 「俺もいい気持ち」と子供のような笑い声をキャッキャッと
あげながら上機嫌の男二人は「長々と丸山さんの話をしていた」。
長々としていた話の内容について、百合子はふれない。
だから文春の書評は、「竹内好と武田泰淳の二人と丸山眞男の間に
成立する空間と、それを見つめる武田百合子との間にあるほんわずか
な隙間が」と書いたのか?

百合子はプーシキンの銅像を見たときにも「三島由紀夫に似ている」と
言って「いや坂本竜馬だ」と言い張る竹内好と言い合いになっておりま
した。
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ